ブログカテゴリ:宇宙意識



昨日で53歳になりました。ここまで生かしてくださりたくさんの価値ある体験と学びをさせてくださった神とその神を宿すすべての仲間に感謝します。 あなたは生きているだけで価値があると思えますか? すべての人がそうだと思えますか? そういう気分になれる一瞬も人生にはあります。そしてそれはすばらしい気分です。...
みなさんは、ご自身の内側に神をみつけたいでしょうか?本当は誰もがみつけたいのだと私は思いますがいかがでしょう。 自分を振り返ると、その苦闘の時間の多くは「自分がなにを求めているかわかっていなかった」時間です。或いは明らかに求めていると信じていたものが実は「幻の幸せであった」時間です。...
もしこの世界に神々がたくさんあって、いろいろな神がいるというのなら、そしてそれをスピリットと呼んだりガイドや守護霊などと呼んであがめるのであれば、或いはなにかをあがめるのが嫌いな人々がそれを友達のように扱って自分の生活に協力させたりそれを預言や啓示のように扱ったりするのなら、それにどんな意味があるのだろうか。...
瞑想が進むにつれて、小さなこと、些細なことがきわだって見えてくる。 以前だったら通り過ぎてしまったことに気づくようになる。 「じゅうたんの上に針が落ちた音さえ聞こえる」とヨギは言う。 これまで気にならなかったことが気になってくると、当然これまで慣れ親しんだ生活や、うまくいっていた処し方が通用しない事態も起こってくる。...
人生には岐路がある。 迷い、深刻になり、結果を恐れるのは当然のことだと思う。 ああしろこうしろという種類の知恵はたくさんあるけれど、真実を教えてくれる知恵とそこへの道はこの世に少ない。 絶対に間違いのない道をいきたい。自分ならそう思う。 もうこれ以上間違いたくないし、いい加減失敗から学びたい。そう思った。...
野に咲く花を 鳥の鳴き声を 月の明かりを映す海を 美しいと人は言うのに 人間を、人間の心を、自分自身を、 人はなかなか美しいと認めない。 世界を美しいと感じるのは、心という鏡があるから。 この世で 美しさのための美を喜ぶのは人だけ。 人と神だけ。 この世の美が人を喜ばすように 人は神を喜ばせるために生きている。 自然を美しいと人は言うが...
人が人の目線で周囲を見る時 違いがよく見える。 神が神の目線で世界を見る時 すべては一緒に見える。 私たちの至らなさも過ちも ほとんどそこに違いはない。 その過不足を神がすべて補う。 神に倣うと人は与える。 神に求めると人は恵まれる。 神の目線で見ると 欠点などかわいいものだ。 この世の欠点はすべて補い合えるように創られている。...
人間は経験したことしかわからない、ということを絶対的に本気で主張しているおじさんに会ったことがある。私がまだ役者をしていた時のこと。だから経験したことしか演じられない、と、その人はやけにムキになって言い張った。 「じゃあ私が娼婦の役をやるなら私はほんものの娼婦にならなきゃいけないの?」...
神がいることをなにかしら信じている人は多いと思います。私自身はそれよりもう少し疑っていましたが。...
自分と向き合うのことには二つの側面があります。 一つは心の中にあるものに目を向けること。 もう一つは、自分という器に目を向けること。 自己探求も癒しも、その両方のバランスを必要としています。 自分を変えるというのは、中にあるものを変えると同時に、その器を育てなくては実現しません。...

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