ブログカテゴリ:意識の仕組み



感受性が高い人はそれだけ心の防御力を強めています。 そうしないと壊れるからです。 でもそれは、生きてるだけでなんだか大変で疲れることです。 強い防御の向こうにはいつでも強い敵がいます。 実際にはそうでなくても、心はそのように想定して生きているということです。...
みなさんは、ご自身の内側に神をみつけたいでしょうか?本当は誰もがみつけたいのだと私は思いますがいかがでしょう。 自分を振り返ると、その苦闘の時間の多くは「自分がなにを求めているかわかっていなかった」時間です。或いは明らかに求めていると信じていたものが実は「幻の幸せであった」時間です。...
今日は無料遠隔ヒーリングをさせていただきました。短期間の募集にもかかわらず多数ご参加いただいて、本当にありがとうございました。また、企画の趣旨へのご賛同も力づけられました。 ご感想も楽しみにしております。が、難しく考えず思うまま、ご負担のないようにどうぞよろしくお願いいたします。...
2019年6月22日。今日は夏至。 明日は沖縄慰霊の日。沖縄移住から11回目を迎えます。 全体的な意識の変化の波を感じています。なにか行動をしたくなるけれど、大きなうねりの中にある時ほど内なる神にしっかりとつかまって、そこにこそ耳を澄ませること。そして安堵の中で状況を見守ること。...
私が身をもって理解した大切なことの多くは言葉での説明がとても難しい。例えば・・・ 主観的、客観的というが、本当に客観的に観るということはありえるのか。...
分離とバランスについての誤解は大変多いと思う。 人間の思考は整理することが仕事だ。整理するということはものごとを対立させて対比させ、その大小、高低、優劣などを測り、順列をつけることだ。そうするとものごとは整理される。それが思考の働きの主たる仕事でありそれ以上でも以下でもない。...
なにかの出来事に反応して怒る、ということを私はやめた。 やめたというのは、もしそれが体内に起こったとしても、それを奨励したり肯定したり信じたりしないということだ。 それは単なる反応であり、単なる習慣であり、そして私は別の創造の道を選ぶ。 神の創造に任せる。...
神さまが私たちを完全なるご自身に似せて創られたとして、またこの物理次元の世界が五分五分のバランスの世界だとして、私は私にそう見えているだろうか。そう扱っているだろうか。 この世が五分五分ということまではなんとか受け入れたとして、神の被造物が完全とはこれいかに。...
人間は経験したことしかわからない、ということを絶対的に本気で主張しているおじさんに会ったことがある。私がまだ役者をしていた時のこと。だから経験したことしか演じられない、と、その人はやけにムキになって言い張った。 「じゃあ私が娼婦の役をやるなら私はほんものの娼婦にならなきゃいけないの?」...
2月も瞑想会をさせていただくことができました。誘導瞑想のガイドをさせていただいていますが、今回は完全にすべてがクリアになった瞬間を感じました。 瞑想についてお話するのはあまりに大変なことです。でもその一点を共有することができれば多くの言葉はいりません。 瞑想は、そして自己探求は、私たちが「信頼する者」になる道です。...

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