呼吸を超える からだを超える

身体の統制に意識的な呼吸は欠かせない。私たちは普段無意識に呼吸をしているので、放っておけば心身のクセの通りに呼吸し、その状態を助長する。

 

 

 

無意識に呼吸が浅い人は緊張していたり焦っていたり思考で忙しくて心ここにあらずという自分の状態を、メッセージとしてからだに送り続けている。結果次の未来をそのように作り続けていく。

 

 

 

意識的に呼吸をすることは、身体に別の新たなメッセージを送る。ゆったりとした呼吸は身体に安全や平和、あるいは優しさというメッセージを送るというように。

 

 

 

ヨガ(瞑想)にも呼吸法は欠かせない。深呼吸は生活の様々な場面で自律訓練のために必然的に応用されている。

 

 

 

しかし究極の自己統制は、無呼吸だという。つまり呼吸をしている限り、私たちは肉体に縛られていて感覚は動き続け、心は反応し続けている。究極の自己統制とは心身を超越することにあり、それを体験したヨギは真の自己つまり神を直接体験できるというのだ。

 

 

 

世の中で体外離脱をしていると自称している人はこのプロセスを経ているのだろうか。本当の体外離脱はきっと、に肉体意識を制することなしに体験できないか、しても意味がないだろうと推測する。

 

 

 

肉体感覚に連動した無意識的な呼吸から抜け出して、意識的な呼吸をマスターし、心とからだのつながりを取り戻したところで、その心身をも手放して魂(アートマン)という自己の本質だけに戻る。魂の完全なる従者としての心身とともに生命を全うし生きること。

 

 

 

魂の使命というものがあるのなら、それは決まりきっている。魂の創造者である神とひとつであるところに戻ることだ。

 

 

 

それは、この身体になしえるものではない。この身体に到達しえるものでもない。

 

身体は身体の、心は心の、魂は魂の、神は神の本分を理解し統合すること。それは意識だけに可能なことなのだ。