天の恵みを授かる

レイキヒーリング、どんなイメージでしょう。

 

古典的には気功みたいな、手当て療法みたいな。

 

ママの手は気持ちよくてなんでも治る。ママの愛情みたいな。

 

 

 

実際にママさんたちには、こどもが病気のときくらいしか使い道がわからなくて、とよく伺います。

 

 

 

宇宙の根源的な生命力。レイキはこのように説明されています。西洋臼井レイキのスタンダードなマニュアルにもそうあります。

 

 

 

しかしわかるようでわからない。

 

 

 

しからば、体感で。レイキは体感するもの。そういう伝え方もあります。

 

 

 

しかしそれではちょっと、本質からずれてしまう。

 

レイキは本来、体感のあるなしにこだわるべきではない、というのは原則です。

 

気持ちいいからいい、というだけでは、本当のことは伝わらない。

 

 

 

もちろん、リラックスってそれだけでいろいろ改善するものです。

 

それだけでも、本来の良くなろうとする力、自然治癒力を引き出す可能性はある。

 

視野だって広がるし、心に余裕ができれば許容量も理解力もあがる。

 

 

 

でも体感が全く感じられないという人もいます。それにはちゃんと理由もあります。

 

だから意味がないかと言えばそれはまったく違います。

 

 

 

科学が追い付いてきたらきっと、すべては証明されると思うけど、とても科学的な作用です。しかしその根源は、科学では理解できないものだと思いますが。というか、人の頭では解析しきれないものだと思います。

 

でも、その一歩手前まではおそらくできる。

 

 

 

レイキは、霊の気。スピリットの、或いは聖霊の、エネルギー。

 

高次元の振動数を持ったエネルギー波動ですから、振動数の荒いものを細やかに引き上げてくれます。

 

 

 

たとえば人間の攻撃的な思いが荒い波動だとすると、精妙な波動はそれを引き上げて細やかに変化させてくれます。

 

 

 

私たちの持つ、放つ波動を細やかに引き上げて変化させてくれるもの、それがレイキです。

 

ですから、レイキはより良きほうへ変化を促すちからです。

 

攻撃が受容に、理解に、愛に変容するのです。

 

 

 

さて物質世界では「より良きほう」の基準が目に見えます。それは、人間の、生き物としての基準が決まっているから。生き物にとっての優先順位は、生存が一番。病気より健康、醜いより美。弱いより強い。少ないよりたくさん所有する。

 

そしてそれに準ずるルールによって、優先順位が測られていきます。潜在意識もここに入ります。潜在意識には本能も含まれ、生存本能という集合的な記憶も刷り込まれています。

 

 

 

それに対して、もっと波動の高い意識の領域があります。その頂点であり中心が神、つまり宇宙意識です。神のルールが人間の意識に刷り込まれた領域が超意識、つまり魂と説明していいかと思います。

 

この領域の価値基準は言ってみれば、崇高さ、神聖さ、優美さ、慈悲、同情、共生、友愛など。・・・

 

 

 

ハイヤーセルフ、つまり高次元の自己意識と言われるものは、潜在意識の高次に近いほうから、魂の領域のエネルギーと見ていいと思います。

 

 

 

レイキは本来、そちらの領域からの力だと言えます。ですからより良きほうの、良いという基準は神から見て良きほう、となります。

 

人間の願望通りにならない理由はここです。それは肉体の欲求と一致しません。時に生存以上の価値を魂は求めます。神から見て、神のもとへ近づくよう引き上げてくれるような力なのです。そちらのルールを採用すれば、生存のために必要なエネルギーも整うのです。物質は後からついてくるし、この世の関係も調和します。

 

 

 

私たちが自己の次元を上げるには高次元的な考え方を理解するだけでは不充分です。高次元のルールを心とからだによくよく馴染ませ従属させなくてはなりません。からだが本能より理性、叡智を優先するようになるには、意識の経路を作り変える訓練が必要です。それが瞑想なのです。

 

 

 

レイキによる癒しは、その作り変えを通常ではあり得ないほど加速させ、時間を短縮してくれるものです。

 

 

 

レイキは悟りへの道標であると、臼井レイキのマニュアルにも明言されています。悟りとは肉体が魂に教化され、同調し一つになることです。もはや、肉体は本能によって生かされることはなくなり、魂の乗り物として魂に従属するものとなるのです。

 

 

 

レイキのすそ野はまずからだを整えることを助けます。ヨガがまずはハタヨガから入るのと同じです。でもヨガの目的は神との合一です。

 

 

 

私がここにこんなふうに確信をもって書けるようになったのも、霊気による自己意識の浄化と癒し、そして瞑想によって直覚的な理解が可能になったためです。

 

 

 

そんなものが地上には既に用意されていますよ。まさに地に降ろされた梯子のように。