かみさまの正体

神がいることをなにかしら信じている人は多いと思います。私自身はそれよりもう少し疑っていましたが。

 

 

 

自分にはどうしようもないことがわかると人は神に祈ります。そんな人をばかにする人も同じくらい多いかもしれません。でもその人はまだ、本当にそういう局面に立ったことがないか、なにか別のものを過信しているに過ぎないのだろうと思います。50年わりと真剣に生きているとだいぶわかってきます。

 

 

 

それから人は往々にして、どうしようもないことは望まないようにするという選択をするようです。そうしていると、自分は何のために生まれてきたのかをだんだん忘れます。物理的な選択を強いられる年齢を過ぎてしまうとそのままどんどん流れていってしまいます。

 

 

 

魂の呼び声を聴く力のある人なら、なにかしなくては、このままではいけない気がすると感じるかもしれません。と思っても、具体的に変えられるのは住む場所かパートナーか仕事くらいしか思いつきません。もしやってみても多分、しばらく経つと同じことを考えているのではないかと思います。

 

 

 

魂は、そっちじゃないよ、と私たちによく伝えます。でもそこで、どっちなのかが私たちにはわかりません。

 

 

 

こっちだよ、こっち。そのこっちは、魂のありかそのものなのだと今ではわかります。

 

 

 

でもそれがわかるには、外側ばかり見ているその世界観からいったん離れてみなくてはなりません。これまで生きて、良くも悪くもからだが知っているすべてを、経験値を疑ってみる必要があるのです。それは真実ですか?と。

 

 

 

たとえば心が傷ついたと感じたとき、傷つけられたことは圧倒的な真実です。でもその真実を信じている限り、その傷は癒えることがありません。癒えたと感じても、また再び傷つく可能性は絶対に消えません。可能性がある限り私たちはそれに備えるのです。

 

 

 

そしていつのまにか、それが人生になっています。

 

 

 

逃げ続けること、防ぎ続けること、傷つかないふりをし続けること、傷つく前に傷つけて勝つこと。

 

 

 

だから、いくらがんばってもそこに本当の勝利が、本当の満足が、本当の平安がないのです。

 

 

 

本当の勝利とは、満足とは、平安とはなんでしょうか。

 

それをみつけることが、本当の人生ではないでしょうか。

 

 

 

それは、存在します。あなたの中に。私の中に。

 

ですから、求めてみることなのです。

 

 

 

気まぐれな私たちが気まぐれに求める気まぐれな神ではなく、永遠で、無限で、自由で、完全な神を。それが自分自身と、そしてこの世界のすべてと、ひとつだということを。

 

 

 

すべてのカギは、外側に探さないことです。そのコツは、求めていただけるならセッションにてお手伝いいたします。